EYEVAN

 

EYEVAN × KYOTO interview 03

 
「瓦が悪いものなら、もうやめている」
浅田製瓦工場 3代目 淺田晶久さん(創業1911年/京都市伏見区)
私たちの周りにあるものは機械で作られたものが今はほとんどだ。眼鏡だって一緒。機械でプラモデルのようにガチャガチャと組み立てて作られているような安価なものもある。浅田製瓦工場は今も、瓦づくりを機械化しないという選択をし、1枚1枚手作業で作っている。その作業はなかなか想像できない。なぜ手で作るのか、3代目淺田晶久さんに、瓦についてお話を伺いました。
瓦について
日本の建物で一番、理に叶ってるのが瓦
1911年創業。京都で一番新しい。僕が工房を継いだ頃、京瓦屋は10軒ありましたが、今では京都で最後の瓦屋になります。 瓦自体がね、悪いもんなら、やめたらええわって思うけども、日本の建物で一番、理にかなってるのが瓦。なんでみんな離れていくか言うたら、やっぱり予算が高い。新しい屋根材でいくと、瓦で葺くより半分から3分の1ぐらいの値段で屋根ができる。高いけども、初期投資したら、その建物がなくなるまで、触らなくて良いのが、瓦屋根。でもハウスメーカーからすると、未来の仕事が減るわけね。それを一般の人が分かりだした段階で、また瓦に戻ると私は思ってる。それまではちょっと、辛抱しなあかんかなって。建物建てるんやったら、基礎と柱と屋根はお金かけってね。それ以外は嫌になったら全部取り替えることもできるし、やり替えることもできる。だけどこの3つは嫌になっても簡単に取り替えることができない。
 
鍾馗さんについて
鍾馗さんは伝説の英雄
“鍾馗さん”というのは屋根の上に据えられている飾り瓦です。中国で魔を祓い、病を治したという伝説の英雄で、疫病神を祓い、魔を取り除くと信じられてきたんですよ。 日本では室町時代から魔除け・厄払いとして屋根の上に飾られるようになりました。ここ浅田製瓦工場は現在でも唯一、鍾馗さんを作っている京瓦の工場です。
 
手作業と機械化
機械化できないものがあるから、私が残ってる
全て手で作るのは、ここぐらいですよ。先代の親父が「一件くらい、手作りの瓦屋がある方がいい」と言った。その通りやと思いますね。瓦は、機械化がどんどん進んでるし、人が寝てるときでも、なんぼでも作れる時代になってますよね。じゃあなんで私のとこが残ってんのか。機械でできないもんがあるっていうことと、量が少なかったら、金型が1,000万とか何百万ってかかるのに、枚数少なかったら、必要ないわけじゃない。手で作ってる方が安く上がることもあるんでね。
 
譲れないこと
喜んでもらえるものをつくりたい
やっぱり一番は喜んでもらえるものを作りたい。おそらく、値段的には合わへんと思う。高いなと思われるけども、なんでそんな値段になるんやということを納得してもらえるように、最近はその道中を見てもらってます。だからその辺で、ちょっと楽になったかなという気はしますね。
 
伝統とは
良ければ残る
それが良ければ、伝統として残るであろうって気はしてます。だから、伝統として残っていけるようなものを作りたいなと思ってる。